防衛省の調達というと、戦闘機、護衛艦、ミサイルなどを製造する重工業・防衛専業企業の市場を思い浮かべるかもしれません。しかし、令和9年度、すなわち2027年度の概算要求資料には、それとは異なる事業機会が数多く記されています。

高機密のクラウド、複数のAIを使い分けるプラットフォーム、サイバーセキュリティ、補給品の需要予測、無人機に適用する民生部品、3Dプリンタによる部品供給、衛星画像データ、水中給電、医療機器などです。防衛省自身が、民生と防衛の両方に使える先端技術・サービスを率先して導入し、需要を牽引する方針を示しています。
日本の製造業やIT企業にとって重要なのは、完成した兵器を丸ごと製造できるかどうかだけではありません。防衛省が整備しようとしている能力を、部品、材料、ソフトウェア、データ、設備、運用サービスに分解すると、自社の民生事業と接続する場所が見えてきます。
本稿では、防衛省の「令和9年度概算要求の概要」を基に、その接点を整理します。事業名と金額は資料の記載に従い、そこから導く「参入候補」や「民生技術の内訳」は事業機会としての分析です。概算要求は成立予算や入札公告ではなく、採用企業、詳細仕様、応募条件まで確定したものではありません。
- 1.全体像――約9兆円の要求と、今後具体化する「事項要求」
- 2.「民生技術を取り込む」という調達方針
- 中略 3.IT企業の中核市場――高機密ソブリンクラウドとAIオーケストレーター
- 中略 4.通信・サイバーセキュリティ――導入後も必要になる運用と継続評価
- 中略 5.業務ITにも広い接点――補給、秘密保全、人事、教育、文書管理
- 6.製造業の大きな接点――無人アセットと、民生技術を使った量産
- 民生技術の内訳を、企業の事業分野に分解
- 7.半導体・センサー・光学――完成装備ではなく、要素技術から入る分野
- ダイヤモンド半導体の射撃管制レーダ適用に関する研究
- 衛星用高精細赤外線検知器の研究
- 対ドローン分野には光学・電源・評価技術との接点
- 8.海洋・宇宙――電源、熱制御、通信に加えて「データを売る」市場もある
- 水中給電と自動運航は海洋機器・産業技術との接点
- 宇宙では熱制御と光通信を明示
- 衛星を造らなくても画像データや利用サービスを供給可能
- 9.材料・設備メーカーの市場――防護、基地施設、災害対策
- 中略 10.医療・生活関連にも接点――部隊を維持するための民生製品
- 11.生産技術・保守サービス――装備品を造るだけでなく、動かし続ける市場
- 3Dプリンタは「部品を供給できるか?」
- PBLは、修理や部品供給を成果で捉える契約
- 12.新規参入を支える制度――研究開発、実証、資金供給まで対象が広がる
- ディフェンステックSBIRは中小・スタートアップ向けの核心的な研究開発支援
- 13.企業ごとに異なる参入経路――直接受注、部品供給、研究、民間向けサービス
- 14.参入の判断基準は、技術の魅力だけでなく「供給できる事業」になるか
- 結論――日本企業が売れるのは、兵器だけではない
1.全体像――約9兆円の要求と、今後具体化する「事項要求」
資料の歳出予算表では、金額を計上した防衛関係費は8兆8,908億円です。内訳は、人件・糧食費が2兆4,005億円、物件費が6兆4,903億円となっています。ただし、これとは別に、今後の予算編成過程で検討する「事項要求」があります。
要求の基本構造は、現行の防衛力整備計画を踏まえる事業について、歳出ベースで約9兆円、契約ベースで約8兆円を計上し、安全保障関連の「三文書」改定の内容に左右される事業などを事項要求とするものです。歳出ベースと契約ベースは予算を見る切り口が異なるため、両者を足し合わせるものではありません。
また、今回の概算要求は、次の三本柱で構成されています。
第一は、「新しい戦い方」への対応。 AI、無人アセット、スタンド・オフ防衛、統合防空ミサイル防衛、宇宙、サイバーが重視されています。
第二は、「持続的な対応能力」。 太平洋・シーレーン防衛を重視するとともに、物資の確保、輸送、補給、装備品の維持整備、施設の強靱化を進めます。
第三は、「防衛力の基盤」。 防衛生産・技術基盤と人的基盤を強化します。装備品を取得するだけではなく、それを生産し続け、整備し、運用する人員と産業の基盤まで対象にしているのが特徴です。
企業が市場を読む際には、もう一つ注意が必要です。以下で紹介する個別事業の金額は、資料の注記に従えば契約ベースです。また、同じ事業の「再掲」や、別の項目に含まれる内訳もあります。そのため、掲載額を機械的に足し合わせて「AI市場の総額」「新規参入企業向け市場の総額」とすることはできません。
事業機会を判断するには、要求額の大きさに加えて、何を買うのか、どの段階の事業なのか、自社がどの部分を供給できるのかを見る必要があります。
2.「民生技術を取り込む」という調達方針
今回の資料には、日本企業の参入余地を考えるうえで重要な記述があります。
一つは、防衛省が先端技術・サービスを「アンカーテナンシー型」で率先導入するという方針です。企業側から見れば、防衛省が先行する大口の利用者となり、新技術の需要形成を支える方向を示したものと読めます。もっとも、これは個々の企業への購入保証を意味するものではありません。
もう一つは、調達の最適化に関する記述です。資料は、モジュール化・共通化や民生品の使用によって自衛隊独自仕様を絞り込み、取得までの期間とライフサイクルコストを削減する方針を示しています。民間委託などによる部外力の活用拡大も盛り込まれています。
この二つを合わせると、参入の考え方が変わります。
従来の製品をすべて防衛専用品として作り直すのではなく、民生分野で実績のある技術を基礎に、必要な性能、情報保全、耐久性、供給責任などに対応する。そのうえで、装備全体ではなく、交換可能な部品やモジュール、データ処理機能、維持整備サービスとして組み込んでもらうという方向です。
したがって、営業や研究開発の出発点は、「防衛向けに何か新しいものを作る」ことだけではありません。現在の製品や技術のどの部分が、防衛省の要求する能力に対応するかを整理することも、有力な出発点になります。
中略 3.IT企業の中核市場――高機密ソブリンクラウドとAIオーケストレーター
中略
中略 4.通信・サイバーセキュリティ――導入後も必要になる運用と継続評価
中略
中略 5.業務ITにも広い接点――補給、秘密保全、人事、教育、文書管理
中略
6.製造業の大きな接点――無人アセットと、民生技術を使った量産
無人アセット分野では、空中、陸上、水上、水中の無人システムを活用し、人的損耗を抑えながら能力を確保する方針が示されています。
主要事業には、例えば次のものがあります。
| 資料に記載された事業 | 要求額 |
| 艦載型UAV〈小型〉の取得 | 36億円+事項要求 |
| UAV〈中域用〉VTOL〈垂直離着陸〉型の取得 | 87億円+事項要求 |
| 滞空型UAV「MQ-9B」の取得 | 17機、2,922億円+事項要求 |
| 小型攻撃用UAVの取得 | 363億円+事項要求 |
| 迎撃UAVの取得 | 76億円+事項要求 |
| 汎用小型UGVの開発 | 95億円+事項要求 |
これらは資料の19ページに掲載されています。UAVは無人航空機、UGVは無人地上車両です。
ただし、新規参入企業にとって、要求額の大きい項目が最も参入しやすいとは限りません。MQ-9Bのように取得対象の機種が明示された事業と、これから技術を組み合わせて開発する事業では、企業が参加できる部分が異なります。
製造業が特に注目したいのは、事項要求の「低コストなスタンド・オフ防衛用UAVの開発」です。ここでは、民生部品の活用や、民生品の設計・製造技術の適用により、安価で短期間に大量生産できるUAVを実現すると明記されています。
この記述は、無人機の完成品メーカーだけでなく、量産部品メーカー、生産技術企業、受託製造企業にも関係します。
民生技術の内訳を、企業の事業分野に分解
以下は、無人アセットの開発・量産や関連機器の供給に接続し得る民生技術を、企業の事業分野別に整理したものです。資料に記載された部品表ではなく、参入候補を検討するための分析です。
| 民生分野 | 供給候補となる技術・製品 | 検討する事業上の強み |
| 自動車部品・産業機械 | モーター、駆動系部品、制御機器、精密機械部品 | 量産品質、製造原価、保守性 |
| 電子部品・受託製造 | 基板実装、コネクター、配線、電子機器の組立・検査 | 安定供給、検査能力、短納期化 |
| 電池・電源 | 電池パック、電源管理、充電・給電関連機器 | 安全性、寿命管理、供給継続性 |
| 樹脂・複合材料・加工 | 構造部材、筐体、成形、接合、表面処理 | 軽量化、加工性、量産への移行 |
| 光学・画像処理 | カメラ、光学部品、画像処理装置 | 小型化、環境条件への対応、検査実績 |
| ロボット・制御ソフトウェア | 機器制御、遠隔操作画面、状態監視、運用支援 | 操作性、異常検出、ソフトウェア保守 |
| 生産設備・計測 | 自動組立、検査装置、製造履歴管理 | 増産対応、品質の再現性、不良原因の追跡 |
| 試験・評価サービス | 環境試験、耐久試験、電気・電子機器の評価 | 必要性能を客観的に確認する能力 |
重要なのは、民生分野での量産技術を「安い部品を売ること」とだけ捉えないことです。短期間で必要数量を供給し、不具合を把握して改善し、同じ品質を再現する能力まで含めて提案対象になります。
一方、資料が民生技術の活用を掲げているからといって、市販品が無条件に採用されるわけではありません。実際に求められる性能、試験、情報保全、供給条件は、個別の仕様書や契約で確認する必要があります。
7.半導体・センサー・光学――完成装備ではなく、要素技術から入る分野
今回の資料には、特定の先端要素技術を対象にした研究が明記されています。半導体、材料、計測、光学の企業にとっては、完成装備品の取得額とは別に読むべき部分です。
ダイヤモンド半導体の射撃管制レーダ適用に関する研究
「ダイヤモンド半導体の射撃管制レーダ適用に関する研究」は事項要求です。高熱伝導率、高耐熱、高電力効率などの物性に着目し、素子レベルの仮作と基本特性評価によって成立性を確認するとしています。
企業側の接点として考えられるのは、材料、素子製作、加工、実装、熱設計、測定・評価などです。
ここでは、量産装置向けの大型受注を直ちに想定するよりも、研究開発や試作品評価への参加可能性を探る方が、資料の段階に合っています。
衛星用高精細赤外線検知器の研究
宇宙分野では、「衛星用高精細赤外線検知器の研究」が事項要求として掲載されています。衛星搭載型の高精細な赤外線センサー技術を研究するものです。
また、無人アセット関連では、ドローンに搭載できる、小型で高性能な量子磁気センサーの開発が事項要求となっています。
これらは、センサー本体だけでなく、光学部品、電子回路、信号処理、小型実装、評価設備などの企業が接点を検討できる分野です。ただし、個々の技術方式や必要な性能値は、この概要資料では示されていません。
対ドローン分野には光学・電源・評価技術との接点
統合防空ミサイル防衛の項目では、近距離対空システム、CRADSの開発が事項要求となり、艦載用レーザーシステムの性能確認試験には47億円、UAV対処用HPM〈高出力マイクロ波〉器材の実証には事項要求が示されています。
新規参入企業にとっては、システム全体の開発だけでなく、光学部品、電源、熱管理、計測、試験などの要素技術を、既存の開発主体に供給する方向が考えられます。
この分野でも、完成装備を作れるかという判断と、要素技術を供給できるかという判断を分けることが重要です。
8.海洋・宇宙――電源、熱制御、通信に加えて「データを売る」市場もある
水中給電と自動運航は海洋機器・産業技術との接点
資料には、UUV、すなわち無人水中航走体に関する水中戦モジュール群の研究に加えて、**「UUV用水中給電の研究」**が事項要求として掲載されています。
企業側から見れば、水中機器、電源、耐圧・防水構造、接続機器、状態監視などの技術との接点を検討できます。ただし、給電方式や接続方式は資料では明示されていません。
海上輸送では、「自動運航技術を搭載した輸送船舶の導入に係る調査研究」が事項要求となっています。将来の船員確保の制約を見据え、民間海上輸送力を安定的に確保するための調査研究です。
この事業は、造船会社だけではなく、船舶用機器、運航支援ソフトウェア、遠隔監視、保守管理、シミュレーションなどを手掛ける企業も検討できるテーマです。現段階の事業は「調査研究」であり、直ちに船舶の量産発注が始まるものではありません。
宇宙では熱制御と光通信を明示
「次世代防衛技術実証衛星の実証」では、衛星搭載機器の高機能化に対応した熱制御技術や光通信等の次世代技術を実証するとしています。
これは、放熱材料、熱設計、光学部品、通信機器、実装・評価などの企業が注目できる記述です。民生の電子機器や通信分野で培った技術を、宇宙用途の条件に合わせて検討する入り口になります。
衛星を造らなくても画像データや利用サービスを供給可能
「画像解析用データの取得」には327億円+事項要求が示され、高解像度の民間衛星等による画像を取得するとしています。また、水上艦艇の業務用通信を補完する商用低軌道衛星通信器材等の整備には24億円が計上されています。
ここでは、ハードウェアの製造と、データ・通信サービスの供給を分けて考える必要があります。
画像データの提供、データの整理・検索、地理情報システムとの接続、業務向けの可視化、通信サービスの導入・運用などは、IT企業にも接点があります。ただし、データ取得費の全額が解析ソフトウェア企業の売上になるわけではなく、購入対象と付随業務の範囲を案件ごとに確認する必要があります。
9.材料・設備メーカーの市場――防護、基地施設、災害対策
防衛力の強化は、攻撃や迎撃の能力だけではありません。設備や部隊を守り、活動を継続できるようにすることにも予算が向けられています。
統合防空ミサイル防衛の項目には、デコイ〈おとり〉の取得が事項要求として、多重電磁波偽装網の取得が218億円として掲載されています。
企業側の候補分野としては、繊維、樹脂、複合材料、表面加工、構造物の製造などが考えられます。これらについても、要求される機能や評価方法への対応が必要であり、一般の材料販売とは異なる確認が必要になります。
施設関係では、より広い産業との接点があります。
| 資料に記載された事業 | 要求額 |
| 既存施設の更新 | 5,495億円+事項要求 |
| 主要司令部等の地下化等 | 548億円+事項要求 |
| 自然災害対策 | 148億円+事項要求 |
| 部隊新編・新規装備品導入などに伴う施設整備等 | 3,334億円+事項要求 |
| 基地警備のためのドローン対処器材 | 38億円+事項要求 |
資料では、既存施設の老朽化・耐震対策、建物の構造強化、地下化、電磁パルス攻撃対策、浸水・法面崩落対策などが説明されています。 基地警備用のドローン対処器材も別項目として記載されています。
建設会社だけでなく、受配電設備、非常用電源、空調、換気、給排水、監視設備、施設管理システムなどを供給する企業にとっても、確認対象となる事業群です。これらの設備内訳が概要資料に列挙されているわけではありませんが、施設整備を構成する供給領域として検討できます。
この市場では、防衛装備品の部品供給と、施設工事・設備調達の商流が異なります。自社の製品がどちらに位置するかを見極めることが、参入経路を選ぶ第一歩です。
中略 10.医療・生活関連にも接点――部隊を維持するための民生製品
中略
11.生産技術・保守サービス――装備品を造るだけでなく、動かし続ける市場
今回の概算要求を貫く考え方の一つが、「生産力こそ抑止力」です。
このため、防衛装備品そのものの取得とは別に、生産工程の効率化や情報保全の強化などを促進する「防衛装備品の生産基盤強化のための体制整備事業」に539億円が示されています。
ここには、防衛省から直接受注する市場と、防衛関連企業を顧客として受注する市場の両方が考えられます。
例えば、生産設備、自動検査、製造実行管理、品質記録、工程改善、工場内の情報保全などを提供する企業は、既存の防衛メーカーの増産・効率化を支える立場で参入できます。防衛省が最終的な需要を生み出していても、自社の直接の顧客は防衛メーカーになるという商流です。
3Dプリンタは「部品を供給できるか?」
装備品の維持整備では、3Dプリンタの活用に関する調査等に4億円が示されています。装備品の可動数向上や安定的・計画的な取得のため、品質の検証などを含む調査を行うものです。
この記述から検討できる分野は、造形装置の販売だけではありません。材料、造形サービス、検査・評価、品質保証、製造データ管理なども候補になります。
重要なのは、「造形できる」ことと「必要な品質を確認して供給できる」ことを分けることです。資料も、単なる装置導入ではなく品質の検証を含めています。
PBLは、修理や部品供給を成果で捉える契約
資料は、PBL〈Performance Based Logistics〉などの包括契約を推進しています。PBLは、修理や部品調達をその都度契約するのではなく、修理時間の短縮や在庫の確保などの成果を重視して、一定期間の包括契約を結ぶ方式です。
ここから考えられるのは、部品メーカーとIT企業の協業です。
部品を製造・修理する能力に、在庫管理、故障履歴の分析、整備計画、供給状況の可視化を組み合わせれば、維持整備の成果に結び付く提案を検討できます。単品を納める事業から、装備品の稼働を支える事業へと提案範囲を広げる方向です。
12.新規参入を支える制度――研究開発、実証、資金供給まで対象が広がる
今回の資料では、技術や製品を買うだけでなく、新しい供給者を育てる制度も提案されています。
ディフェンステックSBIRは中小・スタートアップ向けの核心的な研究開発支援
「ディフェンステックSBIR制度(仮称)」は事項要求です。SBIRはSmall/Startup Business Innovation Researchの略、「中小企業・スタートアップの革新的な研究開発」。資料は、短期間で複数企業と同時に契約して比較する仕組みを活用し、部隊の試験運用と技術改善を迅速に回す「アジャイル型調達」を実施するとしています。
企業側から見ると、最初から完成形を一度で納めるだけではなく、試用で得られた課題を改善し、実用性を高める能力が重要になります。試作品を素早く変更できる製造企業や、運用の反応を踏まえてソフトウェアを改善できるIT企業にとって、注目すべき方向です。
ただし、名称には「仮称」が付き、予算も事項要求です。応募条件、契約条件、選考方法、対象テーマなどは、今後公表される内容を確認する必要があります。
技術の成熟度に応じた研究支援を提案
資料には、防衛省外から技術課題の解決策を公募する「防衛課題解決研究制度(仮称)」、基礎研究から技術実証まで体系的に進める「変革型防衛研究プログラム(仮称)」が事項要求として掲載されています。
また、政府の科学技術投資の成果や民生分野の先端技術を、装備品等につなげる**「先端技術の橋渡し研究」には150億円**が示されています。
企業は、自社技術の段階に応じて参入方法を変えるべきです。
すでに製品として供給できるものは調達や部品供給を検討し、用途への適合性を確認する必要があるものは実証を検討し、基本的な性能の成立性から確認するものは研究開発の公募や共同研究を検討するという分け方です。
生産設備と資金調達の側にも支援策を提案
生産面では、国が製造施設等を取得して民間企業に管理を委託するGOCO〈国有施設民間操業〉の制度、防衛産業の再編事業に対する出資制度などが、事項要求として盛り込まれています。
スタートアップについては、民間からの資金供給を促進するため、投資ファンド等へ政府が出資する制度も提案されています。さらに、国内生産基盤強化、装備移転、防衛イノベーションを一体的に推進する新たな法人の設置・運営も事項要求です。
これらは、受注額そのものではなく、供給する企業を支えるための仕組みです。営業機会と、研究・設備投資・資金調達の支援策を分けて読むことで、自社が利用すべき制度を整理できます。
13.企業ごとに異なる参入経路――直接受注、部品供給、研究、民間向けサービス
ここまでの内容を、参入経路で整理すると次のようになります。これは制度上の資格判定ではなく、事業戦略としての整理です。
| 参入経路 | 検討しやすい企業・技術 | 最初に確認する点 |
| 防衛省・自衛隊への直接供給 | ITサービス、機器、業務支援、医療・生活関連製品など | 入札公告、仕様書、参加資格、契約条件 |
| 既存の元請け企業への部品・機能供給 | 電子部品、材料、光学、電源、加工、専門ソフトウェアなど | 元請け企業の調達条件、必要性能、供給責任 |
| 研究開発・実証への参加 | 新素材、先端センサー、AI、新しい製造・通信技術など | 技術の成熟度、公募テーマ、評価方法、成果物 |
| 防衛関連企業への設備・サービス供給 | 生産設備、検査、工場IT、情報保全、保守・物流支援など | 顧客企業の増産・効率化計画と投資条件 |
企業の規模だけで参入経路が決まるわけではありません。供給するものの独立性、要求性能を確認できるか、長期的な責任を負えるかによって、適切な入り方が変わります。
例えば、特定のセンサー部品に強い企業が、無人機全体の元請けを目指す必要はありません。企業向け文書管理システムに強い会社が、指揮統制システム全体を開発する必要もありません。自社が責任を持って供給できる範囲を明確にした方が、提案は具体的になります。
参入実務についての補足――すでに公表されている公式窓口
概算要求資料とは別に、防衛装備庁の公式案内では、新規参入相談窓口、ファストパス調達、スタートアップ技術提案評価方式、防衛関連企業とのマッチングを目的とする参入促進展などが案内されています。新規参入相談では、企業・事業の概要、提案する技術・製品、主要顧客や販売実績などを示す仕組みになっています。
一方、その新規参入相談窓口は、日用品や建設工事など、防衛装備品に関連しない提案を対象としていません。そうした企業は、入札情報や各部隊等の調達情報を確認するよう案内されています。防衛装備庁の調達・公募情報にも、中央調達と地方調達などの区分があります。
すべての企業が同じ相談窓口、同じ公募制度から入るわけではないという点は、実務上重要です。
14.参入の判断基準は、技術の魅力だけでなく「供給できる事業」になるか
概算要求に自社技術と関係する言葉があっても、それだけで事業化できるとは限りません。経営判断としては、少なくとも、供給範囲、追加対応の費用、継続供給の体制を一体で検討する必要があります。
製造業では、試作、性能確認、製造条件の管理、部品の供給継続、不具合対応まで含めて、どこまで責任を持つかを明確にします。
IT企業では、システムを導入する費用だけでなく、保全、運用、更新、監査対応、障害時の対応なども含めて検討します。民生向けサービスの機能を持っていることと、そのまま防衛用途で提供できることは別の判断です。
情報保全は、特に具体的な確認が必要な分野です。防衛装備庁の公式説明では、情報セキュリティに関する特約が付された契約を締結した企業には、該当する基準に基づく対策が必要とされています。また、元請け企業から「保護すべき情報」を取り扱う業務を請け負う企業にも対策が必要です。すべての契約に一律に同じ条件が適用されるわけではなく、契約内容と情報の扱いによって確認します。
企業が提案書を作る際には、「高性能なAIを持っています」「優れた材料を持っています」という説明から一歩進める必要があります。
例えば、補給品の需要予測であれば、補給業務のどの判断を支援するのか。製造技術であれば、どの工程の期間や品質のばらつきを改善するのか。保全システムであれば、どの手続きの誤りを減らすのか。こうした説明によって、概算要求の事業と自社技術が結び付きます。
製品の優秀さを示すだけでなく、防衛省や元請け企業の業務上の課題を、どの範囲で解決できるかを示すことが重要です。
結論――日本企業が売れるのは、兵器だけではない
令和9年度概算要求は、ミサイルや艦艇、航空機を整備する計画であると同時に、データを集め、安全につなぎ、AIで分析し、物資を補給し、設備と装備品を動かし続けるための計画でもあります。民生品の使用、モジュール化、共通化、維持整備の包括契約を進める方針は、その供給者を幅広く考えるうえで重要です。
製造業には、部品、材料、センサー、電源、熱制御、生産設備、品質評価、保守という接点があります。
IT企業には、クラウド、AIの運用管理、データ連携、通信、サイバーセキュリティ、補給、人事、教育、秘密保全という接点があります。
両者が連携できる分野もあります。部品の供給と在庫管理、製造設備と品質データ、無人機器と運用ソフトウェア、医療機器と情報管理などです。
ただし、概算要求の金額は、そのまま新規参入企業が獲得できる市場規模ではありません。企業が読むべきなのは、予算項目の中にある具体的な需要と、自社が責任を持って供給できる技術・製品・サービスとの接点です。
その接点を、価格、納期、品質、情報保全、継続供給まで含めて説明できれば、防衛市場への参入は、漠然とした成長分野への期待から、具体的な事業計画へと変わっていきます。


